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ボリビア百話 (その7) ボリビアの高地 -天国にもっとも近い大地-
高畑 敏夫(元ボリビア大使)
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ラパスは低地?
「一体何でこんな高いところにわざわざ首都を作ったのかな。」 ラパスを訪れる日本人の多くが抱く疑問のようである(注: 憲法上の首都はスクレで最高裁判所が置か れているが、大統領政庁と国会はラパスに所在し、ラパスが事実上の首都である)。
「ここはこの辺では珍しく低いところだからですよ。」と答えると、皆怪訝な顔をする。
「皆さんがお着きになられたラパス国際空港があるエルアルト市は海抜4,100メートルで、富士山頂よりも300メートル以上も高いところにありますが、それがアンデス高原の平均的な高さなのです。
広くて平らなところだからこそ4,000メートルもの滑走路を持つ空港を造ることができ、その周辺に40万人もの人が住んでいられるのです。 チチカカ湖は面積が琵琶湖の11倍半もある太湖で、湖面は海抜3,812メートルもありますが、この辺りで特に低いところだからこそ水が溜まっているのです。
そのチチカカ湖より、市街地でも100メートル位、さらに同市の高級住宅地であるカラコトにいたっては600メートルも低いラパスがこの辺ではいかに低いところであるかがよくお解りになられたでしょう。」
と言うと、皆さんは頭ではお解りになったようだが、矢張りしっくりとしない顔をしておられる。
南米大陸の最南端ティエラデルフエゴに源を発し、太平洋岸に沿って北上するアンデス山脈は当初は単一の山脈を成しているが、ボリビアに入る手前のアルゼンチンとチリの国境のプナ・デ・アタカマというところで枝分かれし、コルディリェーラ・オリエンタル(東山脈)とコルディリェーラ・オクシデンタル(西山脈)という平行山脈を形成している。
そして、この両山脈の間には広さが日本の本州ほどもある広大なアルティプラノ(アンデス高原)が広がり、その大部分がボリビア領である。 アルティプラノはマクロで捕らえれば幾つもの盆地に分かれており、全体としては平坦でないが、車などで南北に走っている限り道は概して平坦である。
市内に900メートルの落差
ところが、そのアンデス高原の平坦さが前記のエルアルトのところで突如破れ、巨大な摺鉢のような空間がぽっかりと広がっている箇所があり、ラパスの市街は摺鉢の上端から400メートル程下ったところに展開している。
大英百科事典では『チュキアプ川の浸蝕作用によってできた深く広い峡谷』と説明しているが、現在は名も知れぬ小さな川が汚濁した水を流しているに過ぎず、この説明は空々しく感じられる。
恐らく、十万年、百万年といった地質学的な単位で数えられる長い年月の間に土砂が徐々に削り取られ、運び去られた成果なのであろう。
ラパスの市街は摺鉢の中腹に展開しているので、緩急の差こそあれ町中が坂ばかりであり、まったく平らなところはほとんど見当たらず、高原部と著しいコントラストを成している。
同じ市街の中でも非常な落差があるので、俄の大雨にでも見舞われると石畳の街路の敷石が剥ぎ取られたり、下水道に流れ込んだ雨水があたかも貯水ダムから水力発電所に落下する水流のような勢いで流れ落ち、その物凄い水圧でマンホールが吹き飛んだりする事故が続発する。
ラパスの年間降雨量は600ミリ弱でわが国の平均降雨量の約3分の1しかないが、乾季と雨季に判然と分かれている上、雨季でもほとんどの日が晴天で、降るときは盥を覆したように降り溜めするのである。
2002年2月19日の午後ラパスで大規模な鉄砲水が発生し、多数の死傷者がでたことは記憶に新しい。
ラパスの市街よりさらに400メートルも低いカラコトへは市街から数本の道が通じているが、急峻な断崖を切り拓いて造ったものが多く、片側には岩山がのしかかるように聳え、雨の後などは山から落ちてきた岩石が道路を塞ぐのが日常茶飯事である。
かって自動車ほどもある巨岩が道路の真ん中に鎮座しているのを見たことがあった。 エルアルトは行政上はラパスとは別の市を構成しているがラパスの衛星都市という性格が強く、首都圏内でも約900メートルもの高度差があることになる。
平地人にとっては想像を絶する高地であるラパスやカラコトであるが、高地先住民にとっては、高度が3,200~3,300メートルしかないカラコトなどは平地のようなものなのである。
言ってみれば、ラパスはアンデス高原の街というよりは、そこを抜け出して低地に向かう道の最初の宿場といった感がある街である。
空気が平地の3分の2
高地が人の健康その他生活一般に直接かつもっとも顕著な形で影響を与える最大の要因は言うまでもなく空気の密度が極端に低いことである。
極めて覚え易い数字であるが、気圧は高度が100メートル上昇する毎に約1%下がる。 300メートル近くもある横浜ランドマークタワーの最上階にエレベーターで上がると耳にツーンとくるのは気圧が3%も一挙に下がるからである。
アンデス高原では気圧は600ヘクトパスカル程度、即ち空気が平地の3分の2以下ということである。 日本から持っていったパック食品が今にも破裂しそうにパンパンに膨れ上がっているのに驚かされる。
炭酸飲料などを一気飲みすると、我々の胃袋もこのパック食品のようになる。
天国にもっとも近い首府
世界を見渡すと、ラパス程度の高度以上のところに1千万人以上の人達が定住しているとされており、その約8割がアンデス高地に集中していると見られる。
因に、残りの大部分はチベットとその周辺、これに続いてエチオピア北部高原となっている。
世界の国の首府の中で高度についての3強はラパス(3,700メートル)、キトー(エクアドル、2,900)およびボゴタ(コロンビア、2,700)で、いずれもアンデス高原にあり、これらに続くのはメキシコ・シティー(メキシコ)、アジスアベバ(エチオピア)、サヌア(イエメン)の3都市であるが、いずれも2,200前後と、さらに大きく落ちる。
ニューヨークでの同時多発テロに続く米国のアフガニスタンへの軍事介入で有名になったカブールは2,000メートルを切る。 非常な高所と信じている人も多いと思われるネパールのカトマンズは僅か1,300メートルで、上高地よりも低く、高度について見る限り健康地である。
チベットのラサは3,630メートルでラパスより少し低いだけであるが、独立国の首府ではない。 まさにラパスは世界の国の首府の中で天国にもっとも近いところにある。
ラパスは2位のキトーに800メートルもの差をつけ、その高さは目を覆うものがあるが、もう1つの問題は、ラパスから陸路で低地に行くことが極めて困難なことで、その点ではキトーなどと根本的な相違がある。
ラパスの低地であるカラコトから先には川のほとりに狭い未舗装の道が通じており、海抜約3,000メートルを僅かに切るリオアバホ(『川下』といった意味)という村に着く。
ラパスからそこまで降りると花の色が目に見えて鮮やかになり、空気が濃厚に感じられる。 しかし、そこから先には道らしい道がなく、事実上行き止まりとなる。
川が流れているからにはそれに沿って歩けばさらに下れる筈であるが、少なくとも乗用車では行けないようである。 ラパスから陸路で低地に行くためには、低地であるカラコトの方に下らず、一旦4,100メートルのエルアルトに戻るかあるいは市内のビリャファティマという比較的高度の高い部分から市外に出、さらに上り道を辿って海抜4,800メートルもの峠を一旦越える必要があり、人の交通のみならず、低地からラパスへの物流を極めて困難にしている。
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