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No.10
Noviembre 2006

じゃがいもの旅の物語 -その10- インカからジパングまで
杉田 房子(旅行作家)


 「パパスをいっぱいくれたし、あのビラコチャの神父、本当に親切」
 太平洋岸からカリブ海側へ、パナマ地峡を西から東へ越えるスペイン軍の輸送隊に入れられたインカの男女は,神父に見送られて出発した。入江にかかる石橋を渡る。のちにイギリスの海賊モーガンがパナマを陥落させた時、意気揚々と渡ったのでモーガン橋と呼ばれることになったこの橋の外側は、サン・ミゲル湾を通じて太平洋に開いている。
 沖に見えるのはサン・ミゲル島で、冒険児バルボアがパナマで最初に見つけた財宝は、インディオがそこでとっていた真珠だった。輸送隊のなかにも真珠をぎっしり詰めた箱が揺れているが、モーガンの橋を渡って内陸へ向う道をいくと、太平洋はじきに見えなくなる。
 深い密林と険しい山並みが、視界をさえぎった。インカの男女は知らなかったが、実はそこで太平洋とまったく縁が切れてしまう。スペイン人が王の道というパナマ地峡横断路は、スペイン国王に仕える者が往来し、国王に捧げる物が運ばれるために造られた。道は一路スペインにだけ通じていたのだった。
 けれど、道そのものは王道どころか、酷い悪路で兵士も尻込みするほど険しい。折り重なる山は、タラマン山脈がつきると聖プラス山脈につづく。間には、群がるマラリヤ蚊が熱病の狂気を起こさせるので名づけられたマドン湖沼があり、鰐がうじゃうじゃひそむチヤグレ河の峡谷がある。パナマで一旗上げるのに目の色を変えている者から、インカの国で黄金を握ろうとする者まで、スペイン人は全員があえぎあえぎこの道を西にたどるのだが、財宝を満載して逆に東へ向う輸送隊も息をあえいだ。
 モーガンに先立つイギリスの海賊ドレークが、この輸送隊に目をつけて襲ったことがあるが、あまり隊列が長いので、全部は襲いきれなかったのを無念がっている。それでも、銀だけで30トンも奪ったという。見当もつかないそれほど莫大な財宝を、一片でも失ってはならない輸送隊は、盗賊と紙一重の違いしかないやくざな兵士や、隙さえあれば逃亡しようとするインディオの人夫に対する厳しい監視で、王の道をいく地獄の行進と呼ばれるほどひどい旅だった。
 インカの男女は、食物をロバの背に乗せてその道をいく。南米のアンデス山脈をリャマに揺られて下ったじゃがいもの袋は、今度はロバでパナマ地峡の聖プラス山脈を登った。
このロバという動物は、インカから連れてこられたインディオにはまったく謎だった。
ピラコチャのスペイン人が乗る馬そっくりの形なのに、その半分もないアンデス山地のリャマくらいの大きさしかない。それなのに、リャマなら立ち上がれもしない重荷を平気で運ぶ。
 現に、人間が汗まみれで息をきらしている山道を、体が隠れそうなじゃがいもの大袋はもちろん、金銀や真珠のぎっしり詰まった箱を背に、とことこと休みなしにいく。
 「ロバはアフリカに生まれ、ヨーロッパで育て、大西洋を越えて連れてきたのだよ」
 親切な神父の説明も、インカの男女には謎解きにはならなかったが、この小さな動物がいったりきたりできるなら、長い旅をするといわれている自分たちも大丈夫だろう、と一安心する助けにはなった。
(つづく)

 
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