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Cantuta 会報「カントゥータ」
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No.3
Mayo 2003

ボリビアで活躍する日系人 -その1の3- 故郷と異郷
細野 豊


 ペドロ・シモセが、1971年にボリビアの軍事政権との軋轢からスペインへ亡命し、その後は今日に至るまで、ずっと首都マドリードに家族とともに暮らしていることは、「カントゥータ」No.1で述べたとおりですが、1996年にボリビアのサンタクルスで発行された詩集「リベラルタとその他の詩」(Riberalta y otros poemas)には、異境(30年以上も住み、夫人や子供たちにとっては故郷であるスペインも、この詩人にとっては異境なのではないかと、2000年10月に来日した際の彼の話振り等から感じられました)にあって、生まれ故郷リベラルタを想うこの詩人の深い心情が、抑制の効いた言葉で表現されています。
 この詩集は、故郷リベラルタを題材にした18遍の詩からなっていますが、今回はその中から「墓地にて」という詩を紹介します。この詩には、正に異郷であるリベラルタの地に骨を埋めた詩人の父下瀬甚吉氏をはじめとする日本人移住者たちへの深い哀悼の念が謳われており、詩人自身もまた「いつの日か私もあなたたちのようになる」と異境に埋葬される予感が表現されています。

墓地にて
細野 豊 訳
我々をすり減らし疑い深くさせる時間は
もう私の中にはなく、芸術の中に生きている。
穏やかで優しく、悲しみから解放された土地に、
孤独の中の不安なあれこれの行き来の中に生きている。

過去はこれらの墳墓の中に存る。
私がいつか私の沈黙で傷つけた友人たちや隣人たちの中に、
ついに知り合わなかったかけがえのない人たちの中に、
遺体が霊廟に納められることのなかった貧しい人たちの中に、
自分の名前を書くことさえ習えなかった移民たちの中に、
自分自身から逃れ、密林の中で朽ち果てたあの人たちの中に、
道に迷ってしまった思い出の清算の中に存る。

私があなたたちを訪れるとき、
私は訪れることで自らを癒すのだ。
愛する無名の人たちよ、この上なく愛しい空無よ、
いつの日か私もあなたたちのようになる
その時、男か女か、
感傷的な誰かが私と話をしに来るだろう。
私の墓に思いを巡らせ、一枚の紙の中に
風がつくるメロディーの中に、
雨に濡れた菊の匂いの中に私を感じるだろう。

私は誇り高く個性が強いが、
誰かが来て、私の墓に近寄り、私に向かって言うのだろう、
多くの熱意と敵意の果てに、
情熱と放慢に身を焦がしたこれらの骨は
きみを愛しつづけていると。
自分たちの愛は
侮辱と忘却の彼方で
きみを支えつづけていると。

 
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